JOJOじょじょのお絵かきブログ

映画や旅行に関するイラストや漫画を描きます。和韓翻訳中に気になった単語を調べたりします。

【映画と食事】渇き Thirst (2009)

 

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『渇き。』ではなく『渇き』

パクチャヌクの映画『渇き』は2009年に出たバンパイヤ映画です。今だと2014年に出た中島哲也監督の『渇き。』(最後に丸がついています)の方が先に検索ヒットされるので、2009年度のタイミングで見た方やパクチャヌクの新作『お嬢さん』観覧のために見て見たという方ではないと馴染みのない作品かもしれません。

 

 

韓国版のタイトルは『박쥐』で、直訳するとコウモリです。人間でもなく、不死の存在でもないバンパイヤは鳥でも4つ足の動物でもないコウモリと確かに同じ部類かもしれません。また、主人公サンヒョンの神父服が黒くて長い形をしていることやバンパイヤといえばコウモリを思い出してしまうことから韓国版のタイトルのコウモリの方がしっくりくるなと思いました。

 

 

あらすじ

伝染病の人体実験で奇跡的に助かった神父のサンヒョン(ソン・ガンホ)だったが、そのせいでバンパイアとなった運命に苦しんでいた。そんなある日、サンヒョンは友人ガンウ(シン・ハギュン)に再会し、その妻テジュ(キム・オクビィン)と強く惹(ひ)かれ合うようになる。愛欲におぼれる二人は共謀し、ガンウの殺害を企て……。解説・あらすじ - 渇き - 作品 - Yahoo!映画

 

 

 キム・オクビィンが演じるテジュは、親から捨てられてかカンウと一緒に育てられます。その果てにはガンウと結婚までさせられてしまうのです。姑の店の手伝いから、家事、重度のマザコンのガンウのわがままを聞くなど………彼女には選択の余地なくその全てがただ降り注いできます。そんな生き地獄から抜け出したいテジュの前に現れたのがバンパイヤ神父のサンヒョンです。

 

 

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 サンヒョンとテジュ

 

 

ギムパ(韓国海苔巻き)


テジュがサンヒョンと観客に紹介される瞬間に出てくるのが韓国の海苔巻き「ギムパ」です。直訳すると海苔飯。

日本の海苔巻きのように酢飯や魚の切り身などを使った「寿司」のようなものではなく、ごま油ご飯にハムやたくあんなどの具を使っているのが特徴です。

 

 

材料が高いわけではなく、傷みにくい素材を使っていて、ピクニックの定番メニューとしてよく登場しますし、自宅などにたくさんの人が集まる時に作ることになることもしばしばあります。

しかし、こんなにポピュラーなギムパですが、具を作ったり、一々巻いたりするのはそんな簡単ではありません。なんだかんだ言って手間がかかっちゃう割に高級料理でもない、そんなアイデンティティの食べ物なんです。(私はまぁまぁ好きなんですけどね)

 

義母さん、もうそこで海苔買わないで。
よく破れるし、あの店のじいさんクソ野郎って言ったじゃない。
(엄마 거기서 김 사지말라고 했잖아요.
김 자꾸 찢어지고 거기 아저씨 아주 개새끼라고 얘기했잖아요)

 

テジュの登場シーンにギムパを出したのはよい選択だと思いました。テジュが品もなく低俗なカンウの家に閉じ込められていることや家事などの労働に強いられていること、また「あんなクソ野郎から海苔買うな」と言う台詞からテジュは仕方なく従ってはいるものの、きちんと自分の意志や欲望のある存在であることが同時に伝わってくるからです。

 

 

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 ツナとゴマの葉入りのギムパが食べたい

 

 

 

(ここからネタバレがあります。)

 

血のジュース


バンパイヤになってしまったテジュと朝日を浴びて心中しようとするサンヒョン。その隣にテジュがいます。テジュはでっかいかばんから男性用の靴とプラスチックボトルを取り出します。

 

男性用の靴はサンヒョンがテジュのために脱いであげたもので、欲望以前にテジュを憐れに思い、心に抱いていたあの追憶を思い出させます。

 

それだけではなくテジュも(最後の最後までバンパイヤとして生きようとしたけど)運命を受け入れ命も愛も終わらせるしかないけど、愛された記憶を忘れていないという証としても使われていました。

 

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サンヒョンの靴を履いたテジュとサンヒョンはプラスチックボトルに入っていた血を分けて飲み、朝日を待ちます。

 

狩り?した直後の新鮮な血ではないと飲まなかったテジュなのに、最後の食事だからかしれないが、ごくごくとよく飲むんですよねー

 

最後までブラックジョークと嘲笑でいっぱいの作品でしたが、未成熟で愚かなサンヒョンとテジュでも、死ぬときも愛が終わるときもいっしょでした。

 

自分の最後の日に、また愛が終わるあの日にだれたかと分けあえるのだろうかと思い、サンヒョンとテジュが羨ましかったです。